今朝、深海魚リュウグウノツカイが漂着・・・ 何かの予兆?
テーマ:ブログ
2010/03/11 09:54
今朝、7時40分頃に子供の登校の為、自宅から約400メートル北を歩いていると海岸に深海魚リュウグウノツカイが打ち上げられていて一羽のカラスが突付いていました。
先日のニュースで近年、リュウグウノツカイが日本海沿岸に相次いで漂着していると伝えていましたが本当に多い様ですねえ。
ざっと見ても長さは、2メートル位はあるでしょうか?
生態はほとんど判っておらず、昔から「大漁の吉兆」「地震の前触れ」などと各地で言い伝えがある。
今季に限って何故なのか?
これだけ「珍魚が続けて見つかるなんて」と謎は深まるばかりだ。

写真は以前2008年5月1日(木) に、我が家の下で捕獲した『リュウグウノツカイ・テンガイハタ』で、別名『竜宮の使い』とも言われています。
同じ、場所で今冬タルイカ(巨大イカ)が二匹、捕獲されていました。
過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。
先日のニュースで近年、リュウグウノツカイが日本海沿岸に相次いで漂着していると伝えていましたが本当に多い様ですねえ。
ざっと見ても長さは、2メートル位はあるでしょうか?
生態はほとんど判っておらず、昔から「大漁の吉兆」「地震の前触れ」などと各地で言い伝えがある。
今季に限って何故なのか?
これだけ「珍魚が続けて見つかるなんて」と謎は深まるばかりだ。

写真は以前2008年5月1日(木) に、我が家の下で捕獲した『リュウグウノツカイ・テンガイハタ』で、別名『竜宮の使い』とも言われています。
同じ、場所で今冬タルイカ(巨大イカ)が二匹、捕獲されていました。
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『早く人間になりたい!』再放送の妖怪人間ベムの最終回・・・はたして人間になれたのか!
テーマ:ブログ
2010/03/10 10:14
毎週、火曜日深夜(日付けは水曜日)に再放送されていた『妖怪人間ベム』昨晩は遂に最終回でした。
皆さんは観ましたか?
妖怪人間ベム オープニング
http://www.youtube.com/watch?v=ZGnnYJuCSUQ
http://www.youtube.com/watch?v=YbQpJXAH6n4&feature=related

一番怖かったアニメ『妖怪人間ベム』は、1968年(昭和43年)10月7日~1969年(昭和44年)3月31日までフジテレビ系列にて毎週月曜日19時30分~20時の時間帯で放送されたテレビアニメです。全26話。
「それはいつ生まれたのか誰も知らない。暗い音のない世界で一つの細胞が分かれて増えてゆき、三つの生き物が生まれた。彼等は勿論、人間ではない。また動物でもない。だがその醜い身体の中には正義の血が隠されているのだ。その生き物・・それは人間になれなかった妖怪人間である」
妖怪人間ベムのオープニングのナレーション。
大きな壷から液体がブクブクと泡立ち、細胞が分裂してやがて緑色の液体が流れ出し、ギャァァッーと叫びながら彼等が生まれる。
机の上にあったフラスコが、下から伸びてきた手によって割られ、妖怪人間が顔を現す。
そして3人が集まったところで壁紙のイラストのごとく、ベロが画面を真下に引き裂くようにするとその回のタイトルが現れるという怖い演出。
ブルージーなジャズのオープニングテーマも渋い。
いつどこで誰が生み出したのか誰も知らない、人でも怪物でもない異形の生物……それが「ベム」「ベラ」「ベロ」の「妖怪人間」である。
時には人々に迫害され、また時には友情を育みながら、いつか人間になれる日を夢見て彼らは世にあだなす悪と戦い続けるのだった。
3人の合言葉は『早く人間になりたい!』
1話完結で各地を放浪しながら、妖怪を退治していくフォーマット。
同年にはフジテレビで先行して東映動画の『ゲゲゲの鬼太郎』が放映されているが、本作ではよりホラー色が強く、西洋的な異国情緒の漂う雰囲気となっている。
たびたび再放送が行なわれる人気作品であるが、今日では不適切とされる表現が多く見られるため、第4話が放送されなかったり、台詞が消されたりする修正を受けるのが通例である。
当初は全52話の予定だったが、予算の都合で半分の26話に短縮された。
悲哀のヒーロー・・・
この作品は3体の妖怪達が人間になろうと努力し、人間のため、人間社会の平和を守るために妖怪の能力を発揮して悪と戦う物語である。
妖怪人間は姿かたちこそ醜いが、その心は平和を愛し、善を尊ぶ正義の味方であるベム、ベラ、ベロ、3匹の妖怪人間達は悪に向かって敢然として立ち上がる!
ベロは斥侯として偵察に駆け回り、ベムとベラはその超能力を駆使して悪を懲らしめるのだ。
しかし、彼らには理解者がいなかった。
人間の為に戦い、人間の平和を守るために悪を倒しても人間はそのことを知らないのだ。
妖怪人間である為に人間から恐れられ嫌われ、果ては警察から追われる身となるのであった。
それでも彼らは悪と戦い続けるのだ。
今日も、そして明日も、妖怪としての能力を人間の善を守る正義の力して、悪に向かって敢然と戦いを挑んで行くのである。
<最終回>
人の魂を喰らう姉妹にベロは捕まり、魂を喰われてしまう。魂を抜かれたベロを見て、ベム達は人間の魂と自分達の魂を入れ替えれば人間になれると気がつく。
だが犠牲になる人間が必要になるため、彼等は人間になるのを諦める。
人間になれば妖怪の能力も失って、悪を倒すことが出来なくなからこのままでいいのだとベムはベラに諭す。
姉妹を倒してベロの魂も取りかえしたが、妖怪がいるという市民の通報で駆けつけた警察署長の命令で姉妹の館は焼き払われる。
逃げられずにベム、ベラ、ベロの3人は炎の中で手を取り合う。
焼き尽くされた館の廃虚から見つかるベロの靴やベムの帽子・・・
「人に姿を見せられぇぬっ~♪獣の様なぁこの体ぁ~♪」・・「ベム」、「ベラ」、「ベロ」の「妖怪人間」3人組は、番組最終回で、遂に人間になれる方法を見つけたのに・・・焼き殺されたとしか思えないような状況下で3人が炎のなかに取り残され行方不明となり、ついには番組終了となってしまったのでした・・・
こんな無惨な結末、他にちょっと記憶になく怖くも悲しい物語で子供心に強烈な印象を残しました。
1968年~1969年にかけて、田中憲(現 田丸ようすけ)作画による漫画化作品が雑誌『ぼくら』で掲載されました。
今回の寄稿に際し『ぼくら』雑誌付録コミックが何処かにある筈なのですが、見当たりませんでした。
何処に片付けたのかなあ~
出てきたら、ご紹介したいと思います。
過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。
********************************************
妖怪人間ベム ベロのセル画。1960年代 放映当時もの!

妖怪人間ベムのセル画です。原画付き
『妖怪人間ベムのセル画』は下記の関連サイトから購入できます。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/61019061.html
皆さんは観ましたか?
妖怪人間ベム オープニング
http://www.youtube.com/watch?v=ZGnnYJuCSUQ
http://www.youtube.com/watch?v=YbQpJXAH6n4&feature=related

一番怖かったアニメ『妖怪人間ベム』は、1968年(昭和43年)10月7日~1969年(昭和44年)3月31日までフジテレビ系列にて毎週月曜日19時30分~20時の時間帯で放送されたテレビアニメです。全26話。
「それはいつ生まれたのか誰も知らない。暗い音のない世界で一つの細胞が分かれて増えてゆき、三つの生き物が生まれた。彼等は勿論、人間ではない。また動物でもない。だがその醜い身体の中には正義の血が隠されているのだ。その生き物・・それは人間になれなかった妖怪人間である」
妖怪人間ベムのオープニングのナレーション。
大きな壷から液体がブクブクと泡立ち、細胞が分裂してやがて緑色の液体が流れ出し、ギャァァッーと叫びながら彼等が生まれる。
机の上にあったフラスコが、下から伸びてきた手によって割られ、妖怪人間が顔を現す。
そして3人が集まったところで壁紙のイラストのごとく、ベロが画面を真下に引き裂くようにするとその回のタイトルが現れるという怖い演出。
ブルージーなジャズのオープニングテーマも渋い。
いつどこで誰が生み出したのか誰も知らない、人でも怪物でもない異形の生物……それが「ベム」「ベラ」「ベロ」の「妖怪人間」である。
時には人々に迫害され、また時には友情を育みながら、いつか人間になれる日を夢見て彼らは世にあだなす悪と戦い続けるのだった。
3人の合言葉は『早く人間になりたい!』
1話完結で各地を放浪しながら、妖怪を退治していくフォーマット。
同年にはフジテレビで先行して東映動画の『ゲゲゲの鬼太郎』が放映されているが、本作ではよりホラー色が強く、西洋的な異国情緒の漂う雰囲気となっている。
たびたび再放送が行なわれる人気作品であるが、今日では不適切とされる表現が多く見られるため、第4話が放送されなかったり、台詞が消されたりする修正を受けるのが通例である。
当初は全52話の予定だったが、予算の都合で半分の26話に短縮された。
悲哀のヒーロー・・・
この作品は3体の妖怪達が人間になろうと努力し、人間のため、人間社会の平和を守るために妖怪の能力を発揮して悪と戦う物語である。
妖怪人間は姿かたちこそ醜いが、その心は平和を愛し、善を尊ぶ正義の味方であるベム、ベラ、ベロ、3匹の妖怪人間達は悪に向かって敢然として立ち上がる!
ベロは斥侯として偵察に駆け回り、ベムとベラはその超能力を駆使して悪を懲らしめるのだ。
しかし、彼らには理解者がいなかった。
人間の為に戦い、人間の平和を守るために悪を倒しても人間はそのことを知らないのだ。
妖怪人間である為に人間から恐れられ嫌われ、果ては警察から追われる身となるのであった。
それでも彼らは悪と戦い続けるのだ。
今日も、そして明日も、妖怪としての能力を人間の善を守る正義の力して、悪に向かって敢然と戦いを挑んで行くのである。
<最終回>
人の魂を喰らう姉妹にベロは捕まり、魂を喰われてしまう。魂を抜かれたベロを見て、ベム達は人間の魂と自分達の魂を入れ替えれば人間になれると気がつく。
だが犠牲になる人間が必要になるため、彼等は人間になるのを諦める。
人間になれば妖怪の能力も失って、悪を倒すことが出来なくなからこのままでいいのだとベムはベラに諭す。
姉妹を倒してベロの魂も取りかえしたが、妖怪がいるという市民の通報で駆けつけた警察署長の命令で姉妹の館は焼き払われる。
逃げられずにベム、ベラ、ベロの3人は炎の中で手を取り合う。
焼き尽くされた館の廃虚から見つかるベロの靴やベムの帽子・・・
「人に姿を見せられぇぬっ~♪獣の様なぁこの体ぁ~♪」・・「ベム」、「ベラ」、「ベロ」の「妖怪人間」3人組は、番組最終回で、遂に人間になれる方法を見つけたのに・・・焼き殺されたとしか思えないような状況下で3人が炎のなかに取り残され行方不明となり、ついには番組終了となってしまったのでした・・・
こんな無惨な結末、他にちょっと記憶になく怖くも悲しい物語で子供心に強烈な印象を残しました。
1968年~1969年にかけて、田中憲(現 田丸ようすけ)作画による漫画化作品が雑誌『ぼくら』で掲載されました。
今回の寄稿に際し『ぼくら』雑誌付録コミックが何処かにある筈なのですが、見当たりませんでした。
何処に片付けたのかなあ~
出てきたら、ご紹介したいと思います。
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妖怪人間ベム ベロのセル画。1960年代 放映当時もの!

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藤田まことの「出世作」と言えば「てなもんや三度笠」・・・面子が出てきました
テーマ:ブログ
2010/03/09 09:47
先日、訃報が伝えられた藤田まことさんと言えば『必殺シリーズ』がお馴染みですが50代以上の方には「てなもんや三度笠」が懐かしいと思います。
当たり前田のクラッカー・・『てなもんや三度笠』藤田まことさんの訃報
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/60946016.html
そんな「てなもんや三度笠」の面子がポロリと出てきました。

「てなもんや三度笠」とは・・・
昭和37年(1962年)5月6日~昭和43年3月31日まで、約7年にわたり放送された長寿番組。
全309回の平均視聴率が、東京で26.6%、大阪で37.5%を記録、最高視聴率は64.8%にまで達した、驚異的コメディ番組。制作は大阪の朝日放送。
提供は大阪・堺の前田製菓。「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」というフレーズが大流行し、前田製菓は全国に知られる菓子メーカーとなった。
前田製菓のCMの後、鐘の音が響くと辻堂から、主人公・あんかけの時次郎(藤田まこと)が登場。
「あっしは泉州は信太の生まれ、あんかけの時次郎。
義理に強いが人情に弱い・・・」と定番の決り文句を言っている途中に原哲男が登場、2人のかけ合いが始まり、「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」と締めると、オープニングテーマが流れ、てなもんやは始まるのである。
殆どの時期が白黒放送だが、末期はカラー放送になった(1967年12月7日の第294話から)
放送時間は、毎週日曜日18:00 - 18:30
公開放送形式の時代劇風コメディだった。
番組初期の時代にはビデオテープに録画して放送する技術がまだ確立していなかった為、生放送で制作されていたが、後に録画放送となった。
スタジオに組まれたセットの中でスピーディーに展開する物語を生本番でミスなく演じる出演者と、それを支えるスタッフの姿はまさに職人芸と言えるものであったと語り継がれている。
スポンサーと引っかけた「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」や、「非ッ常にキビシ~ッ!!」などの流行語も作る。
あんかけの時次郎と珍念(白木みのる)が各地を放浪する。
この他、てんぷくトリオ、漫画トリオ、かしまし娘、榎本健一、柳家金語楼、芦屋雁之助、平参平、コント55号、横山やすし・西川きよし、清川虹子等、東西の人気スターが毎回ゲスト出演した。
当たり前田のクラッカー・・懐かしいですね。
この番組よく見てました『てなもんや三度笠』
http://www.youtube.com/watch?v=RWxNMUOBDbc&NR=1
過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。
********************************************
1960年代、三共模型『てなもんや三度笠』のプラモデルです。
倒れたり起きたり面白い動きをします。
『てなもんや三度笠』のプラモデルは下記の関連サイトから購入できます。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/61015330.html
当たり前田のクラッカー・・『てなもんや三度笠』藤田まことさんの訃報
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/60946016.html
そんな「てなもんや三度笠」の面子がポロリと出てきました。

「てなもんや三度笠」とは・・・
昭和37年(1962年)5月6日~昭和43年3月31日まで、約7年にわたり放送された長寿番組。
全309回の平均視聴率が、東京で26.6%、大阪で37.5%を記録、最高視聴率は64.8%にまで達した、驚異的コメディ番組。制作は大阪の朝日放送。
提供は大阪・堺の前田製菓。「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」というフレーズが大流行し、前田製菓は全国に知られる菓子メーカーとなった。
前田製菓のCMの後、鐘の音が響くと辻堂から、主人公・あんかけの時次郎(藤田まこと)が登場。
「あっしは泉州は信太の生まれ、あんかけの時次郎。
義理に強いが人情に弱い・・・」と定番の決り文句を言っている途中に原哲男が登場、2人のかけ合いが始まり、「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」と締めると、オープニングテーマが流れ、てなもんやは始まるのである。
殆どの時期が白黒放送だが、末期はカラー放送になった(1967年12月7日の第294話から)
放送時間は、毎週日曜日18:00 - 18:30
公開放送形式の時代劇風コメディだった。
番組初期の時代にはビデオテープに録画して放送する技術がまだ確立していなかった為、生放送で制作されていたが、後に録画放送となった。
スタジオに組まれたセットの中でスピーディーに展開する物語を生本番でミスなく演じる出演者と、それを支えるスタッフの姿はまさに職人芸と言えるものであったと語り継がれている。
スポンサーと引っかけた「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」や、「非ッ常にキビシ~ッ!!」などの流行語も作る。
あんかけの時次郎と珍念(白木みのる)が各地を放浪する。
この他、てんぷくトリオ、漫画トリオ、かしまし娘、榎本健一、柳家金語楼、芦屋雁之助、平参平、コント55号、横山やすし・西川きよし、清川虹子等、東西の人気スターが毎回ゲスト出演した。
当たり前田のクラッカー・・懐かしいですね。
この番組よく見てました『てなもんや三度笠』
http://www.youtube.com/watch?v=RWxNMUOBDbc&NR=1
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1960年代、三共模型『てなもんや三度笠』のプラモデルです。
倒れたり起きたり面白い動きをします。
『てなもんや三度笠』のプラモデルは下記の関連サイトから購入できます。
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1950年代のブリキ製『玉遊びアシカ 』は ニビ色が最高な逸品!
テーマ:ブログ
2010/03/08 10:06
数ある1950年代アシカ系動物ブリキ玩具の中でも最高峰に位置する逸品!
プリントの色が年代を経てブリキ独特のニビ色になり最高の魅力を出しています。
サイズも可愛いらしく、動物系をコレクションしているのであれば是非、持っておきたい作品の一つです。
【 サイズ 】全長10cmx H9.5cm
1950年代の貴重なブリキ玩具『アシカの玉遊び』

フリクションにて走行。
連動して玉が回り、連動したクランクにより手をパタパタさせます。
ブリキパーツが擦れる部分などどうしてもプリント剥げが生じていますが
全体的には全く問題のない、大変雰囲気のある状態です。
2009年11月10日に某オークションで落札しました。
10円からスタートして私を含む5名で35入札あり『こんなに可愛いのにどうして他にもっと入札しないの~?』・・・結局わずか1,110円で落札出来ました。
1,110円+送料200円=合計1,310円・・・超安い!
先日3月2日に、全く同じ品、同じ保存状態のものが出品されていました。
1000円からスタートして3名で16入札あり 9,450円で終了していました。
『やっぱりな~』と思った瞬間でした。

過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。
********************************************
『みんな、おもちゃが好きだった』
ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、デミ・ムーア…世界的有名人のあの人が、えっ、そんなにおもちゃに夢中だなんて。
ポール・マッカートニーと「ミッキーの太鼓たたき」-世界的なアーティストに、おもちゃが引き会わせてくれた
ミック・ジャガーと「ドクロ」-あのロック・スターの控え室に必ずある、怪しげなおもちゃ
ジョン・ラセターと「スリンキードッグ」-映画『トイ・ストーリー』は、ブリキのおもちゃ博物館から生まれた
バリー・レヴィンソンと「犬に追いかけられて泣いている男の子」-僕のおもちゃは、映画『トイズ』のモデルにもなった
スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスと「スモーキングロボット」-SF映画の巨匠達が日本のブリキのおもちゃに驚いた
矢野雅幸さんと駄菓子屋の「当てモノ」-師匠がどうしてもくれなかった、駄菓子屋さんの宝物
三角屋のおばちゃんと「赤いピエロ」-モノが僕を引き寄せている、と初めて感じた瞬間
ももたろう玩具店の手塚さんご夫妻と「キャデラック」-おもちゃ屋のおばさんから届いた手紙に、僕は泣けた
古典屋の木村さんと「ピクチャーレコード」-やっと手に入れたときは形見になっていた
ジャズ喫茶・木馬と「バンジョー時計」-約二〇年ぶりに出合えた奇跡の再会〔ほか〕
初公開のマル秘エピソードをはじめ、TV『開運!なんでも鑑定団』で出合った驚きのお宝裏話など、次々明かされる感動&面白ストーリー。
「みんな、おもちゃが好きだった」は下記の関連サイトから購入できます。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/61011738.html
プリントの色が年代を経てブリキ独特のニビ色になり最高の魅力を出しています。
サイズも可愛いらしく、動物系をコレクションしているのであれば是非、持っておきたい作品の一つです。
【 サイズ 】全長10cmx H9.5cm
1950年代の貴重なブリキ玩具『アシカの玉遊び』

フリクションにて走行。
連動して玉が回り、連動したクランクにより手をパタパタさせます。
ブリキパーツが擦れる部分などどうしてもプリント剥げが生じていますが
全体的には全く問題のない、大変雰囲気のある状態です。
2009年11月10日に某オークションで落札しました。
10円からスタートして私を含む5名で35入札あり『こんなに可愛いのにどうして他にもっと入札しないの~?』・・・結局わずか1,110円で落札出来ました。
1,110円+送料200円=合計1,310円・・・超安い!
先日3月2日に、全く同じ品、同じ保存状態のものが出品されていました。
1000円からスタートして3名で16入札あり 9,450円で終了していました。
『やっぱりな~』と思った瞬間でした。

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『みんな、おもちゃが好きだった』
ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、デミ・ムーア…世界的有名人のあの人が、えっ、そんなにおもちゃに夢中だなんて。
ポール・マッカートニーと「ミッキーの太鼓たたき」-世界的なアーティストに、おもちゃが引き会わせてくれた
ミック・ジャガーと「ドクロ」-あのロック・スターの控え室に必ずある、怪しげなおもちゃ
ジョン・ラセターと「スリンキードッグ」-映画『トイ・ストーリー』は、ブリキのおもちゃ博物館から生まれた
バリー・レヴィンソンと「犬に追いかけられて泣いている男の子」-僕のおもちゃは、映画『トイズ』のモデルにもなった
スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスと「スモーキングロボット」-SF映画の巨匠達が日本のブリキのおもちゃに驚いた
矢野雅幸さんと駄菓子屋の「当てモノ」-師匠がどうしてもくれなかった、駄菓子屋さんの宝物
三角屋のおばちゃんと「赤いピエロ」-モノが僕を引き寄せている、と初めて感じた瞬間
ももたろう玩具店の手塚さんご夫妻と「キャデラック」-おもちゃ屋のおばさんから届いた手紙に、僕は泣けた
古典屋の木村さんと「ピクチャーレコード」-やっと手に入れたときは形見になっていた
ジャズ喫茶・木馬と「バンジョー時計」-約二〇年ぶりに出合えた奇跡の再会〔ほか〕
初公開のマル秘エピソードをはじめ、TV『開運!なんでも鑑定団』で出合った驚きのお宝裏話など、次々明かされる感動&面白ストーリー。
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祝◎今年でケンタッキーフライドチキン(KFC)は40周年です
テーマ:ブログ
2010/03/05 10:56

1970年、大阪万博(エキスポ)の会場内にケンタッキーフライドチキン(KFC)がパイロットショップ(実験店舗)を出店。
この時の店舗内で使用されていた電気時計を、ご紹介しましたが、日本にKFCが上陸してから今年で40周年になります。
日本ケンタッキー・フライド・チキンホームページ
http://www.kfc.co.jp/
帰ってきた!カーネルサンダースKFC時計
http://www5.nkansai.ne.jp/res/coastline/kentucky.htm
ケンタッキーフライドチキンの電気時計が、壊れてしまいました!
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/53994773.html
ようやくお眼鏡に叶う時計にめぐり合えて掛け替えました
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/60997876.html

写真は社員時代のものです。
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『ぼくのフライドチキンはおいしいよ』
お店の前に立っていて、誰もが知っているカーネルおじさん。
あのモデル、カーネル・サンダースこそがアメリカ生まれのあのフライドチキンの味を世界中に広めた。
しかし、そのカーネルの驚くような波乱の人生は、意外と知られていない。
幼くして父親を亡くし、働く母の代わりに家事をするカーネル。
7歳にしてパンを焼き、美味しいものを作る喜びを知るが、すぐに働き手として家をはなれ、職を転々とする苦労続きの青春を過ごす。
なかなかうまくいかないカーネルが、成功の階段を登るきっかけになったのは、「美味しいフライドチキン」だった。
苦労と失敗続きの青春時代、無一文になり65歳からはじめたフライドチキンの事業、そして味に対してのガンコなまでの姿勢など、とにかくびっくりする人生にせまる!
白いスーツの老人たち
十二歳の別れ
十六歳の火夫
弁護士への夢
四つの事業家テスト
サービス満点のガソリンスタンド
車にはガソリン、人には食事!
フライド・チキンと圧力釜
六十五歳の挑戦
味の親善大使
『ぼくのフライドチキンはおいしいよ』は下記の関連サイトから購入できます。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/poppy1386/61001098.html

